ダートマス会議で「人工知能」という言葉が誕生した後、1950年代後半から1960年代にかけて、AI研究はまさに黄金期を迎えました。研究者たちは、人間の知能が持つ推論(reasoning)や問題解決(problem solving)能力を機械で再現することに情熱を燃やし、いくつかの画期的なプログラムが開発されました。
この時期のAI研究の中心にあったのは、「記号主義AI」と呼ばれるアプローチです。これは、知識を記号として表現し、論理的なルールや探索アルゴリズムを使って問題を解くという考え方です。
初期の成功例としては、アレン・ニューウェルとハーバート・サイモンが開発した「Logic Theorist」が挙げられます。これは、論理学の定理を自動的に証明するプログラムで、人間が発見した証明と同じくらいエレガントな証明を見つけることもありました。彼らは続けて、より汎用的な問題解決プログラムである「General Problem Solver (GPS)」を開発しました。GPSは、目標と現在の状態の間の差を認識し、その差を縮めるための操作を選択するという、人間の問題解決プロセスを模倣しようとしました。
また、ジョン・マッカーシーは、AIプログラミング言語の草分けであるLispを開発しました。Lispは、記号処理に特化しており、その後のAI研究の基盤となる多くのプログラムで利用されました。
1960年代に入ると、自然言語処理の分野でも注目すべき試みが現れます。ジョセフ・ワイゼンバウムが開発した「ELIZA」は、心理療法士のように振る舞うチャットボットでした。ELIZAは、ユーザーの発言に含まれるキーワードを検出し、あらかじめ設定されたルールに基づいて応答を生成することで、あたかも人間が話しているかのような錯覚を与えました。多くの人々がELIZAを人間と信じ込んでしまったという逸話もあり、当時のAIに対する期待の大きさを物語っています。
しかし、これらの初期の成功は、同時に大きな限界も露呈させました。Logic TheoristやGPSは、特定の、よく定義された問題領域では機能しましたが、現実世界の複雑で曖昧な問題には対応できませんでした。知識を記号として表現し、ルールを記述する作業は膨大であり、人間が持つ常識(Common Sense)のような広範な知識を機械に教え込むことは極めて困難であることが判明しました。ELIZAもまた、真に言語を「理解」しているわけではなく、表面的なパターンマッチングに過ぎませんでした。
これらの限界は、研究者たちが当初抱いていた楽観的な予測とはかけ離れたものでした。「数十年以内に人間と同等かそれ以上の知能を持つ機械が生まれる」といった初期の予測は、現実には達成されませんでした。このギャップが、次の章で述べる「AIの冬」の到来を告げることになります。初期AIの栄光は、その後の挫折の序章でもあったのです。
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